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相撲に学んだ日本の国柄 舞の海秀平氏 後編

バタバタとした今週が終わりました。来週もこんな感じかと思いますが、週の真ん中あたりから真冬の気温になるということですが、すっかり冬物のコートをクリーニングに出してしまっているので、重ね着するしかない模様ww

さて、今日は昨日前編をお送りした舞の海秀平氏の寄稿文の後編です。では始めたいと思います。

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このように、後輩の死をきっかけに力士の道に進んだこともあって、本場所の土俵で「勝てないだろうな、この流れだと自分は絶対に負けだな」というときに奇跡的に逆転して勝ったりすることがあると、今は亡き人たちから自分は見守られている、自分は後押しをしてもらっているのだと自然に感じられました。

また、伯父たちが祀られている靖國神社の土俵で相撲を奉納できる喜びを知ってからは、国のために戦って亡くなった靖國の英霊から随分と勇気や力をもらったようにも思います。現役時代、翌日に巨漢力士との対戦があると、必ず「打ち所が悪かったら大怪我につながる。もしかすると命にかかわるかもしれない」といった恐怖心が襲ってくるのです。そして時が刻一刻と迫り、やがてその恐怖心に押しつぶされそうになる。

しかし、あの大変な時代に「命を落とすかもしれない。もうこれで終わりなんだ」とわかっていながらも勇敢に立ち向かっていった多くの日本人がいたことに思いを馳せると、「それに比べたら大したことじゃない。これくらいのことで怯んでいてどうするんだ」と、土俵に立つ勇気が腹の底からふつふつと湧き上がってくるのです。立ち合いで巨漢力士にぶつかっていくときは、とにかく腹を決めて行かなければならない。次元は異なりますが、国のために一命を捧げられた英霊の精神的な部分に見習うべきところ、通じるところがあるように思います。

こうして自分の相撲人生を振り返ってみると、相撲を通じて様々なことを学ばせてもらったと実感します。生と死、相撲が取れる喜び、みえないものとの御縁、生かされていることへの感謝、命のつながりにも奇跡的なものを感じるようになりました。

よく『今日の目で昨日を見るな』と言われますが、今日の平和な世の中に生きる人間が安易に過去を批判してはなりません。それが平然とできる人は謙虚さが足りないのであって、そういう考え方では生きている人間と亡くなった人間とを隔絶させてしまいます。今に生きる人間と亡くなってしまった人間は、常に対話をしている、心と心の繋がりを持ち続けているのだと考えることが重要です。肉体は無くなってしまっても、その人の思い、遺志というものはまだこの世にしっかりと生き続けている。そして、今を生きる私たちは、そうした人々の遺した思いを強く意識して、これを大切にしていかなければならないのです。

靖國神社に替わる追悼施設を造ったらどうかという意見もありますが、近隣諸国に何を言われようと、どんなことをされようとも、これだけは絶対に譲れないという「芯」を日本人はしっかりと持ち続けなければならない。日本人はしっかりと覚悟を決めなければならない時期に来ていると思います。世の中には、理屈や頭では理解できても、なかなか心に沁みない、心から納得できないこともあります。

たとえば、本場所の土俵作りはもちろん、部屋の稽古場でも、土俵を作り直す際には必ず土俵祭を行います。毎回毎回それを行うことによって、土俵祭の大切さがあたかも土俵に水が浸み込むかのように伝わっていく。私も奉納大相撲に何年も何年も参加することで靖國神社への思いが深まっていきました。継続することはとても大事なことで、世代を超えて守り続けられてきた伝統を安易に断続させてしまってはならないのです。何事も反対する人はいるものです。

しかし、継続することでそれが当たり前にもなるのです。日本人が大切にしてきた靖國神社が、これからも日本人に大切にされ、そして総理大臣が毎年のように参拝し、それが当たり前のようになることを願っています。

伝統を守るということでは、私がかねて切望していたことが今年の一月に実現しました。初場所の中日にあたる一月十八日、天皇皇后両陛下が大相撲を観戦なされたのです。両陛下の大相撲観戦は四年ぶりのことで、本当にありがたいことでした。

天覧相撲は、通常の場所とは違って華やかで、しかも厳かな雰囲気に包まれます。両陛下が国技館に入場されるや温かい拍手が沸き起こり、その拍手がいつまでも鳴りやまない。そして、ご退席になられる際にも温かい拍手が起こる。自然に皆さんが起立して、両陛下に向かって満面の笑顔で拍手を送るのです。その光景を目の当たりにすると、見ている側も幸せな気分になり、「日本って本当にいい国だなあ」と心底思います。

皇室と大相撲、五穀豊穣の祭り、そして英霊と靖國神社、これらがすべて繋がって日本の伝統が形作られているのだ。こうした日本の麗しい国柄こそ、日本人が絶対に譲ってはならない「芯」なのだ。そうした思いを強く抱きつつ、私は今、天皇皇后両陛下が親しく靖國神社にご参拝される日が遠からず訪れることを心静かに念じているのです。
=================(以上、後編終わり)

舞の海秀平氏の寄稿文全文を二回に分けてお送りしましたが、いかがでしたでしょうか?舞の海氏のお人柄、国家観、日本への愛情と誇り、皇室への思いをお感じになられた方も多いのではないかと思います。

舞の海氏も述べている通り、日本人は腹をくくる、覚悟を決める時期に来ているのです。隣の基地外反日国家、そして国内のゴキブリども・・・こいつらと全面戦争になってもやり抜くという気概です。

舞の海氏がいう「覚悟」これは私も強く感じていますし、またブログでも何度も述べています。そのためには何が必要か、それも舞の海氏が寄稿文の中でしっかりと主張されています。「絶対に譲れない芯」を持つこと、それは反日勢力や反日国家などには絶対に屈しないという確固たる「信念」でもあると思います。

逆に、舞の海氏は今の日本を見て、そういう絶対に譲れない「芯」が見えない、ということを示唆しているのでしょう。特に政治家など自国よりも他国の利益を優先する売国奴が跋扈している現実が存在しているのですから。

また、日本人の原点にも氏は触れています。日本人は「目に見えない力」を常に感じることができる、そうしながら長い時間軸の中を生き、次世代へつないできた民族であるということです。靖國神社を参拝される人は多かれ少なかれ、自分の先祖や血のつながりはなくても国のために散った多くの先人たちとあの場所で何らかの会話をしているはずです。魂と魂の邂逅、目に見えないけれどもその存在を大きく感じ、向かい合い、対話をする、彼らの遺志や残した思いをくみ取る・・・それが普通の日本人であり、理解できるのです!しかし、それが全く理解できない、拝金主義、事大主義にまみれた救いようのない反日国家のシナ朝鮮とかのミンジョクです。彼らには目に見えない力を感じることは絶対にできません。彼らは自分の一族の先祖だけは崇拝しているようですが、それは現世利益と一族のみの繁栄のためであり、それ以外は一切関係ありませんから。

舞の海氏はこの寄稿文で日本という国の時間軸を意識しているようであり、日本という国家が昨日今日できたものではないとも述べています。また、歴史の断絶はならないということも。私も全く同じ意見です。21世紀の物差しで、大東亜戦争時代のことを測ることはあってはならないし、土俵が違うのです!それを味噌もくそも一緒にしているのがシナや朝鮮、反日売国勢力なのです、それも確信犯的にやっています。氏はそういう人間は謙虚さがないと言っていますが、謙虚さ以前の問題で日本人としての資質がないのです。

舞の海氏の座右の銘は受けて忘れず 施して語らずとのこと。いかにも舞の海氏らしい、お人柄がにじみ出たものだと思います。私もそうありたいものですし、かつての日本人が持っていた美徳です。今やすっかり無くしてしまったかのようなものですが・・・私はこの寄稿文をぜひ一人でも多くの方に読んでいただきたいと思い転載しました。舞の海氏の今後ますますのご活躍を心から願いますし、氏のような考えをもった相撲関係者がどんどん現れる、またスポーツ関係者が現れることも願います。

そして、今年安倍総理が堂々と内閣総理大臣として靖国参拝をフツーに実行してくれることを強く、強く、国民の一人として要望します!!また、近い将来天皇皇后両陛下が御親拝されますことを英霊とともに強く望むものです。

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週末を利用して「余命三年時事日記」さんをぜひご一読ください!こちらから!

by ariesgirl | 2015-04-03 21:40 | 日本 | Comments(8)

相撲に学んだ日本の国柄 舞の海秀平氏 前編

新年度が始まりました。昨日は一日中入れ代わり立ち代わり、人の出はいりがあって落ち着かない日でした。また仕事も昨日は肉体労働もあり、単純作業もありの一日で、もうしばらくはバタバタしそうです。

駅や街中にはスーツに着られたように見えるフレッシャーズがうじゃうじゃいます(笑)そんな彼らを見ながら、ちょっとうらやましくもあり、自分が新入社員だったころのことを必死で思い出そうとする自分がいますが、あまりにも昔のことで思い出せません(笑) それにしても、新入社員の女子はなんでみんな判で押したように同じ服装をしているのか疑問でなりませんわww みーんな、同じような黒いスーツに白のシャツ、黒の横型トートバック(A4サイズ入ります)、黒のパンプス、ヘアスタイルは後ろでひとまとめ・・・制服きて出勤してるの?といいたくなります。まあ、新人だから変な服着て先輩たちに目をつけられたらたまったものじゃありませんからね~でも、せめて黒だけじゃなくて紺とかチャコールグレーのスーツでもいいんじゃないの?と大先輩は思うのです。

今日は新年度の第一弾でもありますので、靖国神社の会報誌である「靖國」の4月号に掲載されている舞の海秀平氏の寄稿文を二回にわけて全文掲載いたします。長くなりますが、ぜひご一読いただきたいと思います。(青字は私が勝手に行いました)

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「相撲に学んだ日本の国柄」 舞の海秀平  前編

私が初めて靖國神社を訪れたのは学生時代、今も靖國神社の相撲場ではリーグ戦をはじめとする様々な学生相撲の大会が開催されているそうですが、当時の私にとって靖國神社は、そうした学生相撲の大会が開催されるひとつの場所に過ぎませんでした。

その後、大相撲の世界に入って、今度は「奉納大相撲」に参加するために毎年、靖國神社を訪れることになりました。当初は、横綱以下すべての力士が参加する、春巡業の中のお決まりの一日といった程度の認識しかありませんでした。

しかし、年に一度、力士全員で参拝して靖國神社の土俵で相撲を取ることで、その意味を深く考えるようになったのです。 靖國神社の奉納大相撲は、全国で開催される巡業とは異なり、入場料を取りません。「そう、これは単なる巡業ではなく、戦争で亡くなった方々を慰霊するための相撲なのだ。英霊に対して捧げる相撲なのだ」 そうした思いが次第次第に強くなると同時に、子供の頃の記憶もまた鮮明に甦ってきました。

昔、父の実家に遊びに行ったときのことです。仏間には昭和天皇のお写真とともに、陸軍に所属していた伯父と海軍に所属していた伯父の写真が額に入れて掲げられてありました。その部屋で遊んでいて大切な写真を落としてしまって、たいそう叱られたことがありました。時に母親から「おばあちゃんは何度も遺族会の人たちと靖國神社にお参りに行ったことがあるのよ」とも聞かされました。

そうか、あの額縁の中の伯父たちもこの靖國神社にお祀りされているのかーそのことに気付いた途端、日本相撲協会の力士としてこうして靖國神社に参拝ができ、毎年この土俵で奉納相撲ができる喜びと、そうした御縁を頂いたことへの感謝の気持ちが急に湧き起ってきたのです。

それ以来、私は「今、こうして爽やかな風に舞う桜吹雪の中で相撲を取ることができるのは英霊のお蔭なのだ」との思いを一層強くして靖國の土俵に上がり、取り組みを奉納してきました。近年はモンゴルを筆頭に外国出身の力士が増えてきていますが、彼らもまた奉納大相撲に真剣に取り組んでいます。世界には様々な宗教があり、追悼施設の在り方もそれぞれですが、国のために亡くなった方々への思いは宗教の違いを超えた人間の普遍的な感情なのですから、彼らもごくごく自然に靖國神社の大相撲を理解しているのだろうと思います。

ところで、私が大相撲に入る決心をしたのは、後輩の死があったからです。私が大学を卒業する二か月前、昼寝をしていた同郷の後輩が突然、そのまま亡くなってしまったのです。後輩は二十歳でした。生きていれば結婚をして父親になっていたかもしれない。やりたいことが山ほどあったに違いない。そんな後輩が突然、あの世への旅立ってしまった。「相撲が強くなくてもかまわない、ただただ生きていてさえくれればそれで良かった」というお父さんの言葉は今も私の耳から離れません。そして私はその時から、人間は常に死と隣り合わせなのだということを強く意識するようになりました。

ニュースで事件や事故が報じられるたびに、「この日に登山しなかったらどうだったのか」とか、「何時間か早く下山していたらどうなっていたのか」などと考えてしまうのもそのせいなのでしょう。助かる人がいる一方で命を落とす人がいるという厳しい現実に立ち会うと、自然に「生かされている」という意識が生まれ、毎日、目を醒ますときに「ああ、今日も生きている」と実感できるようになる。却って、死というものが身近に感じられるようになるものです。

実はそれまでの自分は、「失敗したらどうしよう。笑われるのではないか」とか、「反対されたらどうしよう」と否定的で後ろ向きなことばかりを考えていたのです。ところが、後輩の死に直面して、そんなことはどうでもよくなってしまった。逆にそのことで「自分はなんと情けないことを考えていたのだろう」と自分自身のつまらなさに打ちのめされ、残された自分の人生をどう生きるべきか
真剣に自問自答せざるを得なくなったのです。そして、卒業後は採用試験に合格していた高校教員の道には進まずに、本当にやりたいことに挑戦してみようと、大相撲の世界に飛び込んだのです。
=================(以上、前編終わり)

続きは明日! そして、こんなバカたちの動画をww


桜もウリジナル!市ね、頼むからこっちみんな、朝鮮人!!ザクザクからの転載です。室谷克実氏の「新・悪韓論」です。
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【新・悪韓論】ソメイヨシノにまでウリジナルを叫ぶ不幸な国 戦後は「日帝の木」だったのに… (1/2ページ) 2015.04.02

「江戸いろはかるた』の2番目に「論より証拠」とある。昔からの日本人の「証拠重視思考」が諺(ことわざ)になり、かるたの一句にもなったのだろう。が、隣の国は、科学が発達した今日でも「証拠より論」「証拠より大声」だ。

東京の桜はいまが真っ盛りだが、日本各地で桜の便りが聞こえてくるころになると、韓国では“ある現象”が起こる。「ソメイヨシノは韓国が発祥の地である」とするウリジナルの叫び声だ。

ウリジナルはもう日本語辞典に載ってもおかしくない言葉だが、まだ知らない読者のために説明しておくと、韓国語で「われわれ(の)」を意味する「ウリ」と、英語の「オリジナル」の複合語だ。あえて定義すれば「良いものの起源はすべて韓国にあるとする韓国人の牽強付会(けんきょうふかい=自分の都合のいいように強引に理屈をこじつけること)の主張」とでもなろうか。

ソメイヨシノについては「オオシマザクラとエドヒガンザクラの雑種」とする科学的な結論が出ている。ソメイヨシノは自生することはなく、接ぎ木で育てるしかない。つまり、自生種ではなく、園芸種なのだ。ところが、韓国人は、済州(チェジュ)島の自生種である「王桜(ワンボッコ)」=ソメイヨシノとの説を振り回している。

韓国の新聞が、かつて大いにあおったからだ。

その後、ソメイヨシノに関する科学的分析結果が出たが、こちらについては韓国の新聞が報じたことがない。
===============(以上、一部転載終わり)
続きはこちらから!

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by ariesgirl | 2015-04-02 21:45 | 日本 | Comments(3)