アリエスの雑記帳

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2017年 08月 11日 ( 1 )

親愛なる読者の皆さま

残暑お見舞い申し上げます。今日は「山の日」で旗日、お盆休みも始まりましたが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか? 行楽地に行く方や故郷へ帰省の方、お仕事の方もいらっしゃると思いますが、行楽地や故郷でお過ごしの皆さまはくれぐれも事故などに気を付けて、楽しい時間を過ごして頂きたいと思います。

ちなみに、私はカレンダー通り。夏休みはシフトで取るので今月はカレンダー通り、おそらく来月夏休み取得になると思います。個人的イベントとしては今月下旬に引っ越し予定で、平日に休みを一日とってやるようにしています。昨日契約を済ませてきましたが、まだ荷造りには着手していませんが、このさい断捨離、思い切って色々なものを捨てようかと思っています。いま荷造りすると、段ボールの隙間で生活することになるので(笑)それにしても・・・引っ越しって、金かかるわ~(涙)(>_<)

さて、連日きな臭いニュースの連続です。ご存じの通り、北朝鮮の豚まんとアメリカの無慈悲合戦です。グアムに届くようなミサイルを撃つニダ!と言ってますが、我が国の上空を通ることになっていますが、タブロイドでは今月の21日とか9月9日とか、そんなことが言われています。

このように我が国の隣人は基地外しかいないのです。シナも北も南も基地外、そんな連中と隣り合わせなのが我が国なのです。にもかかわらず、平和ボケしている連中の多いこと、多いこと。

今月の6日は広島原爆忌、9日は長崎原爆忌、そして来週は終戦(敗戦)の日・・・広島、長崎の地で原爆により亡くなったすべての方たちに哀悼の誠をささげ、その御霊が安らかならんことを改めて今を生きる日本人として、長崎に生まれ育った被爆二世として心からお祈り申し上げます。

原爆投下から72年。私は拙ブログにおいても、度々戦争や原爆について自分なりに取り上げて記事にしてきました。もし、お時間のある方はヒマつぶしでいいので、ご一読いただければ幸いです。

私の戦争や原爆、核兵器に関する考え方はそれなりに一貫しています。とはいえ、私は間違っても好戦主義者ではありませんが、簡単にいえば「戦争は勝ってナンボ、戦争と恋愛は手段を選ばず」ということです。軍備と外交は表裏一体、強い武力(軍備)があってこその外交、いつでも相手を切り殺せる刀をもちつつ、相手にちらちら見せることが必要なのです。

日本は核兵器を持つべきであり、日本こそが核兵器を持つ資格がある国です。日本は核兵器を持ってもまず使うことはありません。なぜなら、それを使うとどんなことが起こるか身をもって知っているからです。抑止力としてのみの使用です。

先日、酷連で核兵器禁止条約が発効されました。日本は参加していません。それに対して、基地外左巻きの長崎市長が9日の平和式典の平和宣言で噛みついていましたが、本当に我が国を取り巻く現実が見えていない、見ようとしない、バカ丸出しの市長です。あんなのが市長で恥ずかしい限りですが、あれに代わる人間がいないのがまた・・・orz

日本はアメリカ様の核の傘で守られているからあの条約には参加していないし、反対しているわけです。他国の核の傘で守られている・・・こんな恥ずかしいことがどこにあるでしょうか??我が国は独立国ですよ、一応!!(怒) いまだにOccupied Japanであることが、これからもわかるというものです。 人の傘に入れてもらって、雨に濡れないようにしている・・・それも多額の費用を払って!! 毎年毎年湯水のごとくお金を使って・・それだけ払うのだったら自前で傘を作って差せばいいはずです!! 我が国の技術と資金力があれば、傘の一つや二つあっという間にできてしまいます。

その傘を作ること、ましてや作ってみたらどうか?という相談をすることさえ許さないという言論弾圧、アレルギーの基地外患者が多いのが我が国の現実です。 ですが、不思議なことにそういうアレルギー団体の皆様方は日本国政府にはあれこれインネンをつけますが、核保有国である隣の泥棒大国や半島の北部には何一つ言えない内弁慶、これって何ですか??

本当に核兵器廃絶を訴えるなら、日本国という極めて安全な囲いの中でわめき散らすのではなく、酷連という無力団体まで出かけて叫ぶのではなく、核兵器を保持している国に行って、そこで命を無くしてもいい覚悟で主張すべきです。日本国内や酷連だけを相手にするなんて、卑怯以外の何物でもないと私は個人的に思っています。

私が以前から言っている「核兵器廃絶の前に戦争を地球上から無くすのが先では?」ということ。核兵器はあくまでも戦争における武器の一種であり、戦争本体の枝葉でしかないのです。例えば、台所に出てきたゴキブリ一匹を殺しても、其の巣を全滅させない限り根絶できないのと同じこと。

即ち、戦争という大元を根絶しない限り枝葉の部分はどんどん成長していくのです。アレルギー団体の皆様方はそこのところが全くご理解できていないようです。もはや思考回路が本末転倒してしまっていますが、それに全く自分たちで気が付いていないのですね。枝葉をいくら切り落としても、根っこが元気である限り、その大木本体には影響がないのです。

あのかたたちの言い分を聞いていると、「核兵器はダメでも、核以外ならいいのか?」と聞きたくなります。確かに、彼らが主張する「核兵器廃絶」は立派な主張であり、そうなったら素晴らしいことだと思います。ですが、現実問題として、核を持った国がそれを捨てることがあるでしょうか?

人間が存在する限り戦争は無くなりません。親子ゲンカ、兄弟ゲンカもある意味では小さな小さな戦争です。会社内での出世争いだって戦争です。我々は常にあらゆる種類の戦争をしながら生きているのです。違うのはそれによって相手を殺すようなことまでは滅多なことではしないというだけ。

現実を見渡すと、世界の各地で戦争(内戦)や民族紛争が繰り広げられています。隣の泥棒大国は現在進行形で侵略を行なっているし、北の豚まんもやりたい放題、し放題。酷連は何の役にも立たない無能集団。世界の紛争に酷連や国際NGOなどが下手に仲裁に入って停戦させたものはろくな結果になっていないのが現実です。一応、停戦にこぎつけても暫くすると、結局停戦合意がなし崩しになって、また戦争再開。

こういうことを言ってはマズイと思いますが、戦争はお互いに一人残らず死ぬまでやる、相手を殲滅させるところまで徹底的にやらないと結局は終わらないということです。平家と源氏がいい例です。あれだけ栄えた平家があっという間に源氏にやられたのは、平清盛が源頼朝や義経を助けたからでしょう。平清盛が頼朝を始めとする源氏の血筋を全滅させていたら、平家はあんなことにならなかったのではないでしょうか? 実際に壇ノ浦で平家の総大将だった平知盛は大変立派な大将でしたから。ちなみに、彼の最期の言葉とされる「見るべき程の事をば見つ」私、この言葉が大好きです。

戦争は相手を殲滅しなければ終わらない、我が国もいい例です。東京、名古屋の大空襲、広島、長崎の原爆投下、沖縄戦・・・日本国のほとんどが焦土と化したのは結局はアメリカのルーズベルト、トルーマンの「日本民族を一人残らず殲滅せよ!」という基本的な考え方が裏にあるからです。いわゆる民族浄化、戦闘員ではない市民に対してあれだけの攻撃を加えたのは皆殺しにするという考え方があるのです。白人がアメリカ先住民に対して行ったことと同じですね。

もちろん、一人残らずとはいきませんでしたが、彼らアメリカが我が国と日本民族に残した傷の大きさと深さは日本の現状を見れば一目瞭然です。彼らが残した傷はいまだに癒えることなく、体の傷よりも遥かに深く、大きく、日本民族の精神を破壊した、日本民族の背骨を歪め、二度とまっすぐに起ち上がれないようにしてしまったことは皆さまご承知のとおりであり、未だに君が代、日の丸を嫌悪する連中がいること、自虐史観まみれの教育からもわかりますし、これらは明らかな戦争犯罪だと私は強く思っています。

我が国は平和です、表向きは。我が国はいまだに真の独立国となっていないのが現実です。これだけの長い時間がかかりながら、やっと、やっと今我が国は歪んだ背骨を矯正する機会が巡ってきたと思っています、北の豚まんの件も同じこと。国家も人間も猫背ではダメなのです!!

国家の背骨・・・それは自国を愛する心、誇りに思う心、日本人であることを感謝し喜び誇りに思う心ではないでしょうか? 









by ariesgirl | 2017-08-11 15:10 | 戦争 | Comments(0)

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