「ほっ」と。キャンペーン

長崎原爆の日 ~もうひとつの平和宣言・覚悟~

今日は68回目の長崎原爆の日です。安倍総理も参列されたようですが、左翼思想の長崎市長は政府を批判するまたおかしな平和宣言を発表しました。本当にあの市長はバカそのものです。インドの原子力協定を結んだことにもいちゃもんをつけ、原発と核兵器をごちゃまぜにする左翼的発想そのものの宣言をしています。長崎の人間として恥ずかしい限りです。そのくせに一番の問題であるシナや北朝鮮の核開発についてはスルー。まるでどっかの赤い新聞ですね。特にシナについては領事館があることもあって言わないのでしょう。一番の核開発大国、実験大国はシナであるにもかかわらず、そのことには触れない長崎市長は二枚舌の基地外といっていいでしょう。

68年前の今日、8月6日の広島で核爆弾という当時では最大の武器によって、原子野に倒れていった方たち、そして先の大戦で亡くなったすべての日本国民に対し、心から哀悼の意をささげ、その御霊の安らかならんことを心からお祈り申し上げますとともに、戦後おかしな思想に染まり、自国やその文化を否定し、貶め、他国を利することばかりする売国奴が跋扈していることをお詫び申し上げます。

多くの日本国民の犠牲になりたっている我が国、その歪みきった背骨を何とか矯正し、背筋がピンと伸びた凛とした国にするために微力ではありますが、一日本国民として可能な限り力を尽くすことを、改めて多くの御霊に誓いたいと思います。

この原爆の日には広島、長崎で必ず「平和宣言」なるものが読み上げられます。また小中学校はこの日は登校日で「平和教育」なるものが行われます。夏休みの宿題のひとつである読書感想文には必ず「原爆に関する本」を読んで感想文を書くというものがあり、その書籍も小学1年生はこれ、2年生はこれという風に各学年で指定されていました。(今は不明ですが)その「平和教育」なるものは当然担任の教師が行うのですが、担任によってはとんでもないイデオロギー教育がされているようです。管理人たちのころはある程度戦争や戦後を知っている世代であり、非常に淡々と事実に即した内容だったと記憶しています。

果たして今我が国は「平和」なのでしょうか? 確かに戦後68年、武器を持たず発砲せず殺すことなくきました。しかし、昨日の記事にも書きましたように我が国は今「情報戦」という戦争の真っ最中であり、かつ数年前からは「日本軍対反日軍」の戦いが繰り広げられているのです。それを踏まえれば我が国は平和などではなく、戦時下にあり、かつ世界各国を見渡してみれば本当に「平和」な国がいくつあるのだろうかと疑問でなりません。 我が国は「平和」なのではなく戦時下であるのに、爪を研ぐことさえ忘れてしまった「平和ボケ」の中に浸かっているのではないでしょうか? 

さすがに民主党政権下の3年間で相当の日本国民が何かがおかしいことに気が付きました。ある意味民主党と仲間の特ア国が気付かせてくれたわけですが、いまだに「平和念仏」「憲法9条念仏」を唱えていれば、誰も襲ってこない、戦争に巻き込まれることもないという妄想に浸かりきっている似非平和団体がいることも事実です。 原水協に原水禁、全国から動員されて物見遊山で広島と長崎にやってくる多くの人がいます。そういう団体と同じ飛行機に乗り合わせたことも何度かありますが、機内で彼らが原爆のことや平和運動に関することを話しているのを一度も聞いたことがありません。彼らの話や態度は完全にふた昔前の会社の団体旅行のオッサンたちそのものです(笑) 自分で旅費も出さずに遊びに行けるわけですから、こんなにオイシイことはありません。

いわゆる「平和団体」の連中って、口では「平和」「平和」と言いながら、どういうわけか暴力的(笑) デモでは暴行、デモ以外では火炎瓶を投げたり…そういうのを見ると、学生時代にそんなことばっかりやってたのだろうと安易に想像できます。 

平和運動や反戦運動、反原発運動をしている連中ってそろいもそろって好戦的かつ暴力的www すぐに大声で怒鳴ったり、威嚇したり、中指おったてたり(笑)暴力振るったり…平和という言葉と一番かけ離れた対極にいる連中だとしか思えないんですよ。メロリンQとか支持母体とか、ヨシフ・スターリン・有田大先生率いる「しばき隊」を見ても一目瞭然でしょ(笑)3Gですからww (3G=下品、下劣、下衆) そのくせ人には「他国が攻めてきても無抵抗でいるべき」とか「こちらから手を出さない限り何もしてこない」とか平気でいうのです。そして、どういうわけか(笑) 他国の侵略と民族浄化を現在進行形で行っているシナや同胞の朝鮮には一切何も言わないし、シナにいって「平和」「中国は核を捨てろ」とは絶対に言わない。なぜか?戦車で踏みつぶされるから(笑) 人権国家、法治国家の日本でしか騒ぐことのできないクズの似非平和運動と似非平和団体はとっとと消えろ。

核兵器廃絶!と運動している多くの人がいます。その努力には敬意を払いますが、核兵器はなくなりません!!特に常任理事国の核保有国のなかで縮小する国はあってもそれをゼロにする国はまずないでしょう。自国の生存権と国益が絡む以上、あり得ない話です。もちろん、簡単に核のボタンを押すということにはつながらないと思いますが、自国を守るための兵器をむざむざ捨てて丸腰になる国家はないし、そうなったら間違いなく食い尽くされるだけなのですから。

もし管理人が核のボタンを押すことができる立場にあったとして、それを押さなければ自国民の安全も国も守ることができないとなったら、躊躇なく相手国に対してボタンを押します。ボタンを押さないことによって、また負けて何でもかんでも悪者にされるくらいなら。次は負けるわけにいきません。 日本がまた敗戦国となって、ありとあらゆる責任を押し付けられ、戦勝国の復讐裁判を受けて、すべてを日本のせいにされるくらいなら、自身の責任で相手国を地獄に落とします、なんといわれようとも。「勝てば官軍、負ければ賊軍」です。いくら正義は我が国にあっても、勝たなければ何もならないことは大東亜戦争で嫌というほど味わったのですから。

長崎原爆の日、日本国憲法に保障されている「基本的人権の尊重」の名のもとにいいます。

日本国は国防の観点からも核兵器を持つべき!軍事と外交は表裏一体であり、軍事力のない国家など吹き飛ばされるだけ。日本は2発も原爆を落とされた。だからこそ、世界のどの国よりも核兵器をもつ資格がある!!

こちらは去年の拙ブログの記事です そして、本田圭佑選手が昨年祖国日本への思いを語った際の拙ブログの記事です。長くなりますが、週末でもありますし、ぜひ再読いただければと思います。本田選手の記事はこちらから! 

誰だって戦争をしたいなんて思いませんし、日本は間違っても自分から仕掛けて戦争に突入するということはしないでしょうし、核を持ったとしても簡単に押すこともないでしょう。しかし、こちらの意図とは無関係に巻き込まれることを想像したことがあるのでしょうか、平和団体の方たちは。我々はもう肚を据えて覚悟を決めなければならない、覚悟がなければ一歩も進めないのだという時期に来ていることを認識する必要があるでしょう。

以下は今年広島で読み上げられた「もうひとつの平和宣言」です。こちらのほうがはるかに現実の脅威に即した素晴らしい内容です。



平成25年 私たちの平和宣言  平成25年8月6日 広島

あの日から68年。その時眼前に広がったものは、人類がかって経験したことはおろか、想像だに及ばないこの世の外ほかの情景でした。情景の醜悪さは、同じ力で反撃される怖なく原爆を投下した側の醜悪しゅうあくさです。地上には、筆舌ひつぜつに尽くしがたい破壊の惨状を眼前にしながらも、明日の復興に向い、渾身こんしんの力を振絞って生きぬかれた皆様の姿がありました。その姿を想うとき、私達は寂じゃくとして声もなく、ただ心を打たれるばかりです。我が国では、戦乱や災害に遭っても人々は暴動や犯罪に走ることなく、助け合い、死者を弔とむらって困難を克服してきました。東日本大震災で世界の称賛を浴びた我が同胞の矜持は、皆様から脈々と受け継がれた魂の発露です。原爆投下のわずか三日後に、決死の覚悟で広電を運行させた「広島電鉄家政女学校」の若き乙女達の姿は、受難者達を悼み、原爆瓦礫に手ずから格闘する人々に、限りない勇気を与えたことでしょう。空前の惨状にも挫けなかった精神は、原爆を凌駕しました。私達は、その皆様、すなわち私達の祖父母、父母、家族、友人達に慈しみ育くんで頂いたお蔭で、今日ここに立っています。

そして現在、私達は新たな困難に直面しています。北朝鮮は、今年3度目の核実験を強行しました。そして、我が国全体を射程に収める核ミサイルを配備し、遂には我が国の都市名を挙げて核攻撃の意図を露あらわにしています。私達が三度目の大虐殺を受ける恐れが現実的なものになりました。中国は、その北朝鮮を国連で擁護ようごし、南シナ海を制覇せいはし、侵攻の触手しょくしゅを尖閣諸島から沖縄にまで伸ばして我が国に対する挑発を繰り返しています。韓国は北への備えを名目にして、我が国を攻撃できる射程千Kmのミサイルを配備しました。そして虚構の歴史を弄び、我が国への敵意ある宣伝を世界で繰り広げています。さらに、北アフリカから中東一帯の動乱、イランの核兵器保有への動き、アフガンの内戦と、世界秩序は危険に晒さらされ、諸国からの平和維持部隊は数少なく、平和回復の兆しすらありません。

国連はますますその機能を失い、力だけを信奉して利益を得んとする幾つかの国は、この変乱の中で身勝手な口舌こうぜつを弄ろうし、私達の祖国を蚕食さんしょくしようとしています。

私達は、このような他国を蹂躙じゅうりんし抑圧することで己おのが利益を得んとする国々のエゴイズムに対して、敢然かんぜんと立ち向かわなければなりません。

しかし、私達の努力を敵視し妨害するものがあります。それは平和を維持し、専制せんせいと隷従れいじゅう、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会(が存在し)、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼(すれば)われらの生存と安全(が保持できる)」という迷妄です。

これは、我が国の敗戦後に占領者が植え付けた、未いまだ見ぬ物の怪けの世界観に他なりません。これに幻惑された、あるいは確信的な我が国特有の奇怪な「平和主義」者達は、熱心に原爆の悲惨さを強調し、私達が本来持つべき自立自尊の精神に基づく真の平和をねじ曲げ、皆様の崇高な魂を覆おおい続けて来たのです。彼らは、北朝鮮には一編の抗議声明を出しただけで後は静かでした。彼らは中国の侵略的な挑発には反応せず、我が国が防衛体制を整えることを危険視します。彼らは「核兵器を廃絶すれば平和になる」と言いますが、核兵器以前にこそ大きな戦争のあったことを語りません。彼らは「戦争になったら山に逃げる」と答える児童生徒を称たたえますが、辺境の山奥で生き延びる覚悟も方法も示しません。反対に彼らは「殺すより殺される方を選ぶ」と唱となえて死ぬことを称賛するまでになりました。

平和とは、国家の自由と独立を保持し、国民の生命と財産を守る力を基礎にして築かれるものです。だから、理性を弁まえた諸国は自国の自由と独立を防衛するために、憲法で国民に「国防の義務」を求めています。我が国の奇怪きっかいな「平和主義」は、平和の基礎を破壊するものでしかありません。

私達と皆様は、今や幽明境を異ことにするまでの時を経ましたが、私達は「刀をくれ、やっつけてやる」「兵隊さん仇かたきをとって下さい」などの数々の末期の言葉に顕れた皆様の怒りや憎悪を胸に刻きざみ、皆様の秩序整然とした不屈の魂を我が誇りとし、我が心に満たします。そして私達は、銃もて戦う勇者の歴史にも学びます。

第一次大戦では、進撃するドイツ軍に対してルクセンブルクは一枚の協定書を読み上げて抗議しましたが、国土は瞬時に蹂躙じゅうりんされました。先の大戦では、ナチスに侵攻を企てられたスイスでは、数十万人のスイス軍兵士が動員され、「スイス人の血と肉を出来るだけ高く、ナチスに売りつける」との総司令官の言葉に応こたえて、塹壕ざんごうに潜ひそみ、全滅するまで戦う気概きがいを示しました。長大な戦車柵と無数の地雷も備えました。このスイスの構えと備えこそが、ナチスの侵攻を未然に防いだのです。中立国フィンランドには突如ソ連の大軍が攻め込みました。フィンランド軍は寡兵かへいをもって大部隊を殲滅させる戦果を挙げ、ソ連軍を損耗そんもうさせ進撃を停滞させました。フィンランドはこの勇猛果敢さの故に、戦後も独立を維持できたのです。

スイスの構と備え、フィンランドの奮闘、そしてルクセンブルクの敗北こそが、私達に平和の何たるかを教えています。それは、力無き理性と暴力が対峙たいじしたとき、理性の側が敗北すること。理性に力が備わったときに初めて暴力の側に理性を呼び起こすこと。そして、暴力にはそれと同じ力で反撃できるだけの力を備えなければならないことです。我が国を犯さんとする国々の持つ力は何か、奇怪な「平和主義」に力を与えている物は何か、それを考えたとき、私達がなすべきことは自ずと明らかです。

自国を敵視して「平和を愛する諸国民」を盲信もうしんする愚かな「平和主義」こそが、我が国同胞の平和と安全への最大の加害者です。彼らは全被爆者の代弁者として発言しますが、それは大きな偽りです。内輪だけで盛り上がり、何の効果も無い空想の言葉を叫び、自己陶酔と異論の排除に執着し、あの惨状を克服した皆様への感謝と鎮魂を忘れた「ヒロシマの平和」は終わらせなければなりません。

世界秩序が危険に晒さらされ、変動しつつある現代は、世に常無きものは無いと、我が祖先達が夙つとに達観していた姿です。そして我が国は、悠久の古代から式年の再生によって変化に立ち向かう力を産み出して来ました。伊勢と出雲の社がまさに再生せんとするこの年、我が国平穏の時代は終わり、私達は新たな覚悟をきめる時が来ました。内なる迷妄を解放なち、迫り来る外なる暴力への備えを固め、もって皆様から頂いたこの自由で独立した祖国を、子孫に渡すことが私達の務めです。どうか皆様、彼岸ひがんの彼方かなたから、あの原爆を乗り越えた不屈の魂たましいを私達に届けて下さい。「過ちを繰り返えさせない」ために。

「平和と安全を求める被爆者たちの会」 (サイトはこちら)
Commented at 2013-08-10 12:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 火炎光背 at 2013-08-10 13:47 x
軍隊がない、兵器がないが平和なのでしょうか?いまのチベットの惨状は如何に説明するのか?平和は外部(日本の場合内部からも・・・・)からの圧力や攻撃から守らなければ、到底維持することはできないのである。周りを見回せば理解できるでしょう!正常な思考が出来ない、歴史を捏造し、あらぬ妄想を現実と信じ込んでいるような国ですよ!そんな中でここまで、仮の平和を維持できたのも皇国としての加護があり、勤勉な日本人が経済をけん引してきたからだと思っています。しかしこれからは社会情勢も大きく変わってきますので、いまこそ真の平和のために主権国家としての国防を考えなければいけません。
Commented by 松下村塾の魂 at 2013-08-10 14:18 x
「来るべき冷戦に対し、反共の砦を築き、韓国を最前線の防波堤として機能させ、米国の核の傘に入り込み、安全保障料という貢ぎをし、唯一残された経済力をもって国際社会の柱となる」

ある意味、戦後日本は、これを能動的に選択し、その中で手を変え品を変え、懸命に走っては来ました

しかしその危機感の欠如は、いつの間にか戦後利権の温床と化し、その堕落は、アカや左翼、反日の浸透を深い所まで許してしまった

平和とは、どんな形であれ「全身全霊で創る」という気概が無くてはなりません

戦前の記憶、教育、そして思想。これらが風化していき、我が国はその能動的な姿勢までもが無くなっていきました

ソ連の亡国、米国の衰退、そこを左翼や特アが突いてきた、一気に我が国を乗っ取ろうと本腰を上げた、我が国の中身は既に荒廃、工作員が魑魅魍魎

そこに311。もはや我が国に巻き返す力は無くなりつつありました

……しかし、神風は吹きました。まだそよ風の様な風ですが、やがて飃となり、嵐となり、我が国を取り巻く、澱み重い空気を振り払う

その時、失った刀は我が国の掌に舞い戻る

新時代の亜細亜の秩序は、我が国が担わねばなりません
Commented by ariesgirl at 2013-08-11 17:17
>松下村塾の魂さま
こんばんは。「平和とは、どんな形であれ「全身全霊で創る」という気概が無くてはなりません」 ・・・おっしゃるとおりだと思います。平和とは与えられるものではありません、自分たちで掴み取り守っていくものだと思います。それを完全にはき違えているから日本がここまでおかしくなったのでしょう。そよ風のような神風ですが、そよ風というのは心地いいものです。その心地よさが多くの人の目を覚ましてくれることを願ってやみませんし、我が国が強く凛とした国に復活するように一端を担えればと思います。

>火炎光背さま
こんばんは。平和というのは自分たちで努力して築き上げるはずのものです。日本は生殺与奪の権利まで他国にゆだねてきたような戦後だったと思いますが、今やそんな寝ぼけたことを言っている場合ではありません!我が国が強い軍を持つことが世界の安定につながり、かつアジア(特ア除く)諸国ののぞむことでもあります。そのためには国民の後押しが絶対不可欠だと思います。我々は平和のために強い軍が必要ですね。
Commented by ariesgirl at 2013-08-11 17:35
>鍵コメントさま
こんばんは。オリバーストーン氏の件はそういうからくりでしたか。ご本人はともかくwwwアメリカの汚鮮は結局金なんですよね。地方議員なんか、自分に関係ないことであれば嘘だろうがなんだろうが金貰えればいいという考えなのでしょう。自分の選挙資金の出所である朝鮮人のいいなり、恥を知れ! Shame on you! ということですが、汚鮮されているからわからないでしょう。マスゴミを粛清していくためにも地道にやっていくのみです。
Commented by メンズ ファッション ブランド at 2013-09-23 21:33 x
メンズ下着
Commented by プーマ アウトレット at 2013-09-23 21:33 x
セイコー ルキア
by ariesgirl | 2013-08-09 13:03 | 日本 | Comments(7)